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733 多田図尋常小学校の人々 「第三者への語りを通して、親子の対話の時間に・・」


 本日の2時間目はダイヤ高齢社会研究財団主任研究員の澤岡詩野さんの「『いきづらさ』がすべてのはじまり」というテーマです。前々回に澤岡さんから老年社会学の研究、ご自身の将来の夢についてお話いただきましたが、今回は研究の動機となった小学校時代の体験からお話を伺いました。

 澤岡さんは左利きで、学校でも毎回、注意されていたのですが、澤岡さんが編み出した対応法は、先生が後ろを向いているときに素早く左に持ち替えて書くという術。ところがこの技を習字の研究授業で後ろにいた校長が発見し、担任に厳しく指摘したのです。以来、担任は澤岡さんに冷たくなり、クラス全体も澤岡さんを無視するようになりました。澤岡さんは必死で周囲の動きを観察して、なんとかいじめの対象にならないように振る舞い、休み時間は図書室に逃げ込むような辛い毎日だったそうです。ちょうど小4の時、お父様がアメリカのニューメキシコの大学で1年間、教えることになり家族で渡米しました。

 そこで澤岡さんはネイティブアメリカンの居留地がある、ヒスパニックが多い最貧地区の公立小学校に放り込まれました。でもそこは英語が話せないのは当たり前で、身振りでなんとなく通じてしまう世界でした。澤岡さんが英語がわからずに変な行動をしても「詩野、お前は何てユニークなんだ。ははは面白いぜ。もっとやりなよ」と誉められる始末。たった一年の滞在でしたが、日本ではひたすら人の行動を観察しつつ目立たないようにしていた澤岡さんが、しっかり自己主張をする小学生に鍛えられていました。日本に帰国して元のクラスに戻っ

たのですが、明るく自分を主張する澤岡さんは、いじめられるどころか一目置かれる存在になっていたそうです。

 と、ここで惜しくも時間切れ。続きは9月18日に伺えることになりました。澤岡さんの感想です。

 

 

昨日もありがとうございました。
今回も小一の娘との子連れ参加でした。私が小学校でのいじめ体験(コドモノイキヅラサモ)を語っていると、横で小1が合いの手で呟く…。
「研究授業で私の左利きを校長から指摘された
担任教師が、私を冷たい目で見るように・・」
「きっと先生の心も落ち着かなかったんだよね」
「ええっ!そ、そうだね。きっと」


 まるで親子漫才のような授業になりました。改めて自分の思いの第三者への語りを通して、親子の対話の時間にもなりました。

3限目の音楽の時間は、わたしはもちろん、小1の娘にとっても深い時間。T.engさんが同じ曲でも、編曲者や指揮者によって、こんなにも違うのかと聴き比べをさせていただき驚きました。結局、音楽では、指揮者と演奏者、作曲家、誰が一番偉いのか?誰が一番面白いのか?
こんな問いかけが、音を聴きつつ出てきました。