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809 多田図尋常小学校の人々 「次回はフォイアマンとピアティゴルスキーです」


「Coffee Break Music In Tadaz」特別編「祈りの音楽—『Play(演奏)』と『Pray(祈り)』との間」
 T.eng氏(プロ音響エンジニア)渾身の特別編は音楽の本質に迫る深いテーマでした。

 

 冒頭はパブロ・カザルスの「鳥の歌」が流れてきました。カザルスは1961年にケネディ大統領に依頼されホワイトハウスで「鳥の歌」を演奏。さらに1971年に国連でも演奏をして「カタルーニャの鳥はピースピースと鳴くのです」と話したことは伝説です。またフランコ政権を黙認した各国政府に抗議して演奏活動を停止しました。カザルスはファシズムに対する怒りや犠牲者への祈りを行動や、チェロを通して魂で表現したのです。

ではヴァイオリンで祈りを演奏しているのは誰でしょう。おそらくユダヤ系の演奏者たちです。作詞家のなかにし礼さんによると「彼らは世界で排斥されてきた悲しみを抱きつつ、その哀哭を祈りの音楽として表現している」という壮大な歴史を感じる言葉でした。
 T.Engさんにとっての「祈りの音楽」は2011年3月、彼が学生の時に大学の恩師とウィーンに音楽を聴きに行こうとしていた時のこと。直前に東日本大震災がおき、ウイーン行きを中止すべきか迷ったのですが、先生と相談して思い切って行きました。聴きに行ったのはダニエル・バレンボイムとウィーンフィルのモーツァルトピアノ協奏曲23番。その演奏も圧巻でしたが、演奏終了後、誰に促されるわけでもなく観客、指揮者、楽団員の全員が一斉に立ち上がり大震災の被害者への黙祷を捧げたのです。このウィーン気質というかウィーンの人々の気持ちに触れて「これこそ祈りの音楽」だと体感したといいます。その時の「この瞬間を絶対に伝えたい」という思いが、今の仕事、音響エンジニアに繋がっていきます。

 次に「祈りの音楽」の作曲家を考えると、近代ではモーリス・ラヴェルがあげられます。ラヴェルは第一次世界大戦でパイロットに志願するのですが、体重が足りずトラック運転手として参戦するも途中で負傷、さらには母親も病死して、友人たちも戦死し、絶望のどん底に落ちてしまいます。その時に作ったのが組曲「クープランの墓」。これは「墓」という訳より「クープランの様式に則った追悼組曲」と考えた方がいいと思います。6つの曲からなり、それぞれ戦死した友達の名前がつけられています。この深い曲は難しいのか、なかなかライブ盤がありませんがニキタ・マガロフの1991年ライブ盤は秀逸だとのこと。実際に聴いてみると「酸いも甘いも」知る80歳のピアニストだからこそ、表現(Creation)できる世界がそこにありました。
 追悼というと暗く重々しい曲だけと思いきや、ある曲はシンプルだったり、ある曲はダイナミックだったり、一曲一曲がまるで違う。作曲家と亡くなった6人の友人との、生きていた時の、それぞれの関係がそこに表れていると思いました。これがまさしく追悼なんですね。T.eng氏の感想です。

 

●次回は「100万ドルトリオ」を支えたフォイアマンとピアティゴルスキーを取り上げます。それにしても「Play(L)」と「Pray(R)」の中央(Center )に「クリエイター(Creator)」がいることの意味の深さよ…。