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853 多田図尋常小学校の人々「自分からの発信が大切です」


2限目 社会
 
「百人力って何?2」
 
   〜豊かに生きるためのヒント〜

 澤岡詩野さん(ダイア高齢社会研究財団主任研究員
         /自宅でマイクロ図書館を運営)
前回に続いて、澤岡詩野さんに多田図尋常小学校開校一周年記念特別授業をお願いしました。前回、駆け足でお話しいただいた澤岡さんの新著「百人力の見つけ方」の肝でもある「4つの誤解」をさらにご説明くださいました。
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4つの誤解
 前回は私の10数年の研究成果をお話ししましたが、まずは簡単におさらいしていきたいと思います。
高齢者の生き方について行政や公共広告機構などが、ボランティア活動の素晴らしさなどをキラキラした言葉で提案していますが、それがかえってお年寄りを追い込んでしまう危険性もあります。その原因に4つの誤解があります。
1番目の誤解は「つながりを作ること」ですが、元気で楽しく生きている時はともかく、体が不自由になった時には、新たに社会とのつながりを作ったり、仲良くすること自体が苦痛になりかねません。私の娘さえ小学校入学前に「友達100人できるかな」の歌を聞き「そんなの大変すぎる」と学校に行きたがらなくなったこともありました。ことさら歳を重ねた方にとって新しいつながりを作ることは厳しいことかもしれません。次の2番目の誤解の「誰かのために」というのも同じです。国境なき医師団のように世界のために仕事している方々もいらっしゃいますが、高齢者にとって新たに地域のために何かをはじめることも重荷になりがちです。そして3番目の「人の世話になりたくない」という固い信念。介護や援助を全てを拒否することも問題を拗らせてしまいそうです。4番目の「最後は公共サービスに任せれば安心」という考えも「自分はどう生きたいか」というもっとも根本的な問いを無視してしまう恐れがあります。
心地よい距離感
 これら4つの呪縛や誤解を変換するためには、自分の心地よい人との距離感を知ることも大切です。つながり自体がストレスにつながることもありますから。
 私の父が軽度の認知症になった時に、父のパソコンの検索履歴を見たことがあります。父は「認知症」について色々と調べていました。高齢者研究者の娘の私に聞いてくれればいくらでも情報を提供できたのにと思ったのですが、娘のお世話になりたくなかったのでしょう。早いうちに「俺は認知症らしい。色々と大変だ」と言ってくれると一緒に考えることもできるのにと思いました。生きる上での困りごとを、気軽に相談できる関係をすぐに作るのも難しく、時間をかけて一人一人が少しずつ作っていくかありません。この先のイメージは百人百様だし100万通りかもしれません。この「自分にとって心地よい距離感」を知るためには、お国のため、人様のため、誰々のためという動機ではなく、まずは「自分のため」からスタートすることです。つまり自分はどう思って、どう感じるのかを、「自分から発信すること」がとても大事です。

 

 

自分からの発信

 私はコロナで在宅勤務になった時に始めたことがあります。一日パソコンの前に座っていると調子が悪くなるので、朝、仕事の前にご近所を散歩するのです。コンビニやミニスーパーをまわるルートを同じ時間に歩くわけです。言ってみればご近所の定点観測。「このお爺さんは毎回同じパンを買うな」とか「このおばさんはペットボトルが多い」とか、「今日はいつもよりおしゃれしている。どこかに行くのかな」などと。またおばさんたちの立ち話を耳に挟んだりすると、そこから私の妄想ストーリーが暴走を始めます。これが楽しいのです。そんな中でトングを持ってゴミを拾う「勝手にトングおじさん・おばさん」たちにも出会いました。思わず「いつもありがとうございます」と声をかけると「私は人のためにやっている気持ちは全然ないのよ。道が綺麗になると気持ちいいでしょ。それだけなの」とお説教されたこともあります。人のためでなく、自分のためなんですね。
迷いに寄り添う存在
 またエンディングノートを書くことも進められますが、最期にどう死にたいかだって変化します。調子のいい日は、在宅を希望していても、翌日、不調となれば病院や施設がいいと思うこともあります。人の気持ちは日々変化します。自分一人で決められることではありません。最後まで迷いに迷って、揺らぎに揺らぐ。そんな人の人生に寄り添う人がいればいいのです。それは専門家でなくてもプロでなくてもいい。よく知っている近所のおばさんでもいいのです。最後まで迷っても、寄り添ってくれる人がいればいい。おそらくそれで最後に満足できるのだと思います。
 結局、人間は社会とのつながり、もっと言えば自分と自分以外の何かとの関係性の中でしか生きられない。あるべき姿のコミュニティから逆算して、あるべき自分を考えても辛いばかりです。そうでなく「自分発信でいい」と言い切ってみましょう。まずは自分発信からです。それでようやく囚われから自由になって考えることができるのです。私の母はアーティストですが、ある意味非常に自分勝手です。でもそれはもう見事な自分発信ぶりを発揮しているのです。
「自分発信」の具体例
 人との付き合いが大好きなお婆さんが体が不自由となり、これまでのように気軽に外出できなくなりました。デイサービスで1日過ごすのもなんか虚しい。そこで一計を案じ、自宅玄関の前に可愛いベンチを設置し、気の向いた時に座って道ゆく人に声をかけ始めたのです。そこからベンチに座りながらのおしゃべりが始まったりします。私が玄関先にマイクロ図書館を設置したのと同じで、自分にちょうどいい距離感が保てるのです。ある方は駐車場にベンチとパラソル、さらには冷たい麦茶まで用意した強者もいます。こういう活動は「チームを作って、毎日やるぞ」などと気負うのではなく、やりたい時に一人で気ままにやるのがいいです。一人だけでも大丈夫。これが自分発信です。
とにかく「自分発信」こそが、「百人力のタネ」の核だと思います。それを意識してこそ、大きく育てることができるのです。
澤岡さんの感想
今回の連続授業を通して
「わかって頂きたい相手に自分の頭の中をお話しする」
このプロセスはとても重要なのだと
改めての気付きを頂きました。