●3限目 音楽
「Coffee Break Music In Tadaz」
本日のバリスタの気まぐれブレンド
「レオンハルトの同志たち」
〜 クイケンとビルスマ 〜
T.eng氏(音響エンジニア
/趣味はオーディオ、PC製作、鉄道
etc.)
バロック音楽家の中でもピリオド楽器(古楽器)の第一人者はなんと言ってもチェンバロ奏者のグスタフ・レオンハルトです。彼の演奏はまさに巨匠ならではの音で、そのピリオド奏法はモダン音楽にも大きな影響を与えています。今回は彼の同志で、やはりピリオドとモダン音楽に大きな影響を与えている二人のピリオド楽器奏者を紹介します。
顎当てなしのヴァイオリン奏法
一人目はシギスヴァルト・クイケン。彼は1944年にベルギーで生まれ、ブルッへとブリュッセルの音楽院でヴァイオリンを学び、卒業後、兄のヴィーラントとともにアメリカやヨーロッパにツアーで回ります。その後、レオンハルトとその仲間たちと知り合いピリオド奏法の研究に打ち込み、1969年には、今では当たり前となった顎当てを使わないヴァイオリン奏法(ノン・チン奏法)を始めます。1972年にはラ・プティット・バンドを結成し、古楽器の持つ良さを広めようと、バロックだけではなく、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーンまで演奏しています。また古い弦楽器の再発掘も積極的に行い、ヴァイオリンだけでなく肩掛けの小型チェロ(ヴィオラ・ダ・スパッラ)も演奏しています。
ここでバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番」をお聴きください。とてもエキゾチックな音ですね。そもそもピリオド楽器はモダン楽器とピッチがまるで違います。当時は、現代のスチール弦でガンガン鳴らすのとは異なり、羊の腸から作ったガット弦を用い、音は柔らかいけれど小さく、大きな演奏場所では使えませんでした。そのため当時は顎当てを使わずに演奏することでヴァイオリンの胴を鳴らしていたわけです。
クイケンはヴィオラ・ダ・ガンバとバロック・チェロの奏者の兄のヴィーラント、フラウト・トラヴェルソとリコーダーの奏者の弟バルトルトとの「クイケン三兄弟」として、レオンハルトと活動を行っています。
親密に語りかけるような素朴な演奏
二人目は古楽器のチェリストのアンナー・ビルスマです。彼は1934年にオランダのハーグで生まれ、父親から音楽を習い、ハーグの王立音楽院で学び、1957年に最優秀賞を得て卒業します。1959年にはパブロ・カザルス国際コンクールで優勝。1962年から1968年までアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の主席チェロ奏者に就任します。その間、レオンハルトと出会い、バロックのチェロ奏法を研究し始め、レオンハルトとともに古楽器演奏者として活躍して2019年に死去します。彼が1979年に録音したバッハの無伴奏チェロ組曲は、バロック界に大きな衝撃を与えました。チェロの神様カザルスの朗々と鳴らす演奏に対して、ビルスマの演奏はガット弦を使って親密に語りかけるようで、オペラのように歌い上げるのではなく、しゃべるような素朴な演奏でした。この録音の影響は大きく、多くのバロックチェリストを輩出することになります。また1981年には「18世紀オーケストラ」を創立し、クラシック界に新しいバロックの風を吹き込みます。またガット弦を使用した弦楽アンサンブルを主宰して、バロックからロマン派まで幅広く取り上げて演奏しています。ここでバッハの息子の一人、ヨハン・クリスチャン・フリードリヒ・バッハの「ヴィオラ・ダ・ガンバ ソナタ」をお聴きください。バッハファミリーはヨハン・セバスティアン・バッハだけでないことを教えてくれます。
演奏家は満足できない
ここで質問です。
澤岡さん:今回の演奏を聴いて思ったのですが、演奏者の方は何を目的としてチャレンジしているのですか?
T.eng氏:おそらく満足できないからだと思います。自分の弾いている音がつまらなくなってしまったり、これは100%完璧な音ではない、もっともっと面白い音楽ができるはずだとか。だから昔、これが最高だと思っていた自分の演奏でも、時間が経つと作り直したくなるのですね。音楽家はある意味アスリート的なところがあるので頂点を目指したがります。その様子を世界的ピアニストのグレン・グールドは「猿山のサルだ」と皮肉っていたりもします。
かくいうグールドも55年に録音した「ゴルドベルク変奏曲」を「過大評価だ」として81年に再録していますし、オーケストラ・ビルダーとして知られる指揮者、フリッツ・ライナーは、同じ曲を再録するときにこれまで自分か書き込んだ譜面を使わずに、あえてまっさらな譜面を取り寄せて、使ったことがあります。
T.eng氏の一言感想
⚫️次回はコルトーとポリーニを取り上げます。