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902 多田図尋常小学校の人々「好きなことを、好きなまま、やり続けるのは難しい」


限目 社会
玄関先にマイクロ
 図書館を置いてみたら
  1冊の絵本から始まる可能性
       澤岡詩野さん
 (ダイヤ高齢社会研究財団主任研究員)
 
 多田図尋常小学校の半ば常連「誰でも先生」の澤岡詩野さんは、ご自宅の玄関先にマイクロ図書館を設置しています。きっかけはコロナ禍。活動が制限されて暇を持て余した澤岡さんは、透明な衣装ケースに読まなくなった絵本を入れて「みんなのとしょかん」と名付けて玄関先に置いてみました。それを
マスコミに取り上げられたり、他の方が見学にこられたりすると、ちょっと欲が出てあれこれ迷走した挙句、単なる道楽に戻ってから再び楽しくなってきたそうです。今回はそんなお話を伺いました。 
 
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コロナ禍から始まった
 2020年6月か7月頃、日本全国がコロナ禍でダイア高齢社会研究財団研究員の私もほぼ在宅勤務となりました。仕事は支障なく進めることができましたが、外出がなくなってからメンタル面で暇を持て余すことになります。現在、住んでいる家は自分が子どもの時から住んでいましたが、学生時代からほとんど寝るだけの場所となっていました。もともと人付き合いが超苦手な私は結婚して子どもができてからも、あまり近所付き合いがありませんでした。一方、子どももコロナで保育所が休みで自宅待機が続いたため、やたらイライラして私に当たるし、親子でフラストレーションが溜まってきました。そんな時、ふと思い出したのが、アメリカ在住の方のSNSで紹介されていたマイクロ図書館の活動でした。自宅の一部に小さな本箱などを置いて地域で自由に本を貸し借りするシステムです。ちょうど我が家では私と両親が断捨離を始め、不要になった大量の本が出てきたのです。そこで私は、古くて不要となった本棚に適当に本を突っ込み、玄関先に出してみました。ちょうど3階の窓から玄関を観察もできます。
マイクロ図書館の面白さにハマる 
 するとこれが面白い。初日に遠巻きに見ていた老年の女性が、二日目には近づいて中を覗き始め、三日目にはとうとう本を取り上げたのです。まるで庭に来た野鳥に餌付けするときのドキドキ感です。危険がないと分かったのか、その方は定期的に覗きにきてくれるし、その様子をみて他の方も少しずつ立ち寄るようになってきました。その面白さに気がついた私は、雨対策に透明な衣装ケースを用意して、娘が読まなくなった絵本を入れて「みんなのとしょかん」と名付けて(娘が館長)並べるようになりました。さらに定期的に本の種類を入れ替えてみたり、楽しい試行錯誤が始まります。そのうち、娘が看板が必要だと干支(うさぎ)の絵を描いた木の板を立てかけたり、ビニールの透明ケースに「自由に感想をお書きください」と古いノートを入れそばにぶら下げてみたりしました。最初に一人の女の子が「おとうとのために、えほんをかります」と書いて2冊も借りてくれました。私は嬉しくなって、心をこめて返事を書くと、本を返しにきた時にも一言、書いてくれます。お互いに素性の知らない同士の交換日記のようでした。また風で飛んだ図書館の雨よけの覆いを、どなたがそっと畳んで返しておいてくれたり、それまで全く繋がりのなかったご近所の知らない方と、近づきすぎない程々の距離感を保ちながら、心地よい、やりとりが始まりました。毎朝せっせと乱雑になった本を整理して、ケースも汚れも綺麗に拭き取ったり、親子でマイクロ図書館にどハマりしていきます。
気がつくと楽しくない
 この活動の面白さを友達に話したりしていたところ、友達のSNSを読んだ埼玉県庁にお勤めの方から連絡をいただいたり、コロナ禍の親子の過ごし方を取材していた友人の新聞記者が面白がって、大きな2枚の写真入りで紹介されてしまいました。でも実はこれが私の苦しみの始まりでした。
 「こんなことしている人もいるよ」と、わざわざ別のマイクロ図書館の情報をくれる友人がいたり、私自身もインスタなどのSNSでアップしている素敵なマイクロ図書館を覗いてみたりし始めます。
「ふん、私は私だけの道を行くんだから関係ない」と言いながら妙に「外観やインスタ映え」を意識しだしたり、町田市でNPOを作ってきっちりやっている「街中図書館」を知ったりすると、対抗意識が出てきて、

 

なんとか私なりの独自性を出そうと「みんなのとしょかんニュース」を発行したり、中に入れる本も季節ごとに「春」「卒業式」などとテーマを決めて選んだり、朝早くから玄関先に図書館を出したりと、おそらくその期間が一番、きちんとやっていました。でも例えば自由帳に何も書かれていない日が続いたりすると気になっていてもたってもいられなくなり、メンタルが結構追い詰められてきます。楽しいはずが、やっていて全然楽しくないんです。
いい加減になったら楽しくなった
 そのうちコロナ規制も緩くなって本来の仕事が忙しくなるにつれ、次第に「みんなのとしょかん」にも手も気も回らなって、ぐずぐずとなり、今に至っています。最近は衣装ケースが多少汚れようが、中の本が乱雑になっていようがそのまんま。自由帳に書いていなくても気にもならず、大切だった「みんなのとしょかんニュース」も、今年の1月に年初版を出した途端、2月はやる気がなくなって放置、3月にようやく出したという体たらくです。でもそんな状態になってから、気がついたのですが、ただ本を出して置くだけでも面白いじゃんと、ようやく原点に戻れたような気がします。
 この3年を振り返って感じたことは「好きなことを、好きなまま続けることの難しさ」。マイクロ図書館も初めはとても面白かったんですが、それが評価されたり期待されたりした途端に、どこかで私のプライドが頭をもたげて競争心が生まれ、次第に義務感や使命感に囚われしまい、いつの間にか楽しさが消えて負担感だけが残ってしまうのですね。幸い、私は本業が忙しくなってそこから抜け出したのですが、これまで人様の動きは客観的に見てきたり分析して研究してきたんですが、いざ自分自身だとそんなことにも気づかなくなってしまい苦しんでいたんです。結局、私の場合、楽しくするポイントは次のことが大切なんだと悟りました。①気持ちが乗らない時はやらない②世のため人のためでなく、あくまで自分のため、つまり「自分発信」を大切にすること。
ありがとうございました。
老後の楽しみ
「みんなのとしょかん」の横に置いてあるベンチですか、これは不要となったものをもらってきたもので、今日は授業用に置いてみました。家族に聞くと「玄関先に知らない人が座っているのはちょっと」と戸惑い気味なので、これから相談する予定です。実は私の老後の夢は、自宅前にベンチを据えて、そこに座って好きな飲み物やお菓子をとりながら、一日、道ゆく人を眺める。たまに知っている人が通ると「久しぶりだね。お茶でもどうかね」と声がけしながら過ごす。いかがででしょうか?
T.eng氏の感想
 何かを継続してやろうとするときはいつの間にか沼に入っていることも…
校長の感想
 私が数年前に近所の道路清掃を始めた時に「ありがとうございます。ボランティアですか?」と聞かれ、咄嗟に「いやこれは趣味ですから気が乗らなかったらいつでもやめます」と返したことがあります。これが澤岡さんが大切にしていことと重なり、びっくりしました。いつでもやめるつもりだと、今の瞬間だけに神経が集中し、結果として続いちゃんですね。
鈴木智美さんの感想
今回のテーマ「マイクロ図書館」にも興味があったのですが、1限目の後半からの参加になってしまいました。実は、私も小学校の図書室に関わっていて日々、「子どもたちに素敵な本と出会って欲しい」と考えながら本を選んでいるのですが、図書室にくる子どもが減っていて、どう惹きつけるかとちょっと悩んでいます。
澤岡詩野さんの感想
 先日はありがとうございました。
 今回、お話しさせて頂き、改めて自分がマイクロ図書館と言う沼にはまるドキドキ感にニヤリとしました。加えて、校長の「いつでもやめていい」が続くヒケツという感想にもニヤリ。そうなのです、自分が好きだからやる、周囲の反応や映えることを意識した瞬間に楽しみは違うステージにいってしまう(それはそれで別の楽しみ)。映える事にも楽しみを見いだせるワタシです、図書館はジブンが好きだからの楽しみのままやっていけたらと改めて感じました。