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921 多田図尋常小学校の人々 「そこにいない人が気になります」


●1限目(9:30~10:10) 社会 

    「映画大好き!」
         〜最近、観た映画のお話をします〜
                      雨宮真由美さん 

     (北欧映画配給・北欧映画祭スタッフ)
 
 小学2年生でみた「禁じられた遊び」をきっかけに映画の世界に入り込んだ雨宮真由美さん。現在も
年200本以上の映画をごらんになっているそうです。そんな雨宮さんに最近ご覧になった
映画について
雑談的
レポートをして
いただくことになりました。
 今回は6/20まで渋谷Bunkamuraで開催されている
ドキュメンタリー映画作家、佐藤真監督の上映会で
ご覧になった作品を中心にお話しを伺いました。
 
観たい映画の見つけ方
 私はジャンルを問わない雑食系映画オタクですが、映画上映前の予告編は重要な情報源です。映画館のラックに置いてあるチラシも全部もらって帰ります。あとはSNSでの評判や友人知人からの口コミも大事にしています。観たいと思う映画の上映館とタイムスケジュールを自分の予定に組み込んでいくと自然に年間200本以上観ることになります。300本以上観る方はザラにいるし中には1000本観る人もいます。本数を誇ることは意味がないと思っています。コロナの時は配信でも映画を見ましたが、やはり画面の大きさや音響の良さが全然違うので、映画は映画館で観るものだな、と改めて思いました。
「阿賀に生きる」「阿賀の記録」
5月末に渋谷のル・シネマで開催されたドキュメンタリー映画作家、故佐藤真氏の作品を連続上映する「暮らしの思想 佐藤真 Retrospective」に行ってきました。一番の狙いは『阿賀に生きる』。30年前の公開時にミニシアターで大ヒットした傑作の誉れ高い作品ですがずっと見損なっていたのです。新潟の阿賀野川で起きた有機水銀中毒事件いわゆる第二水俣病事件の患者さんたちの日常生活を3年にわたって追ったドキュメンタリー映画です。ガーンとなるほど衝撃的な映画でした。水俣病問題を追う映画ならば被害の実態や患者さんたちの抗議行動などが描かれるのかと思いきやこの映画は全く違っていて、大自然の中でお爺さんやお婆さんが田を耕したり魚をとったりする日常生活が淡々と描かれていくのです。たまに出てくる抗議運動の集会でも老人たちはニコニコしながらピースしたりしています。そんな老患者さんたちの様子を、若者たちが3年間、現地に住み込んで一緒に農作業をしたりお酒を飲んだりしながら撮影をしているのです。撮る側と撮られる側に溝がないのです。私の中の水俣病関係の映画に対する思い込みが一気に剥がれていきました。
 あまりにもか阿賀に生きる』が素晴らしかったので、その勢いで『阿賀に生きる』の10年後に同じ集落の様子を撮った』阿賀の記憶』も続きて観ました。10年経つと『阿賀に生きる』に出ていた半数の方は亡くなっています。映画はそのお爺さんが座っていた座布団や、囲炉裏ばたや荒れた田んぼを映していくのです。すると死んだお爺さんお婆さんたちの息遣いが聞こえるような、まるでそこに生きているかのように蘇ってくるのです。佐藤真という監督は、あの世とこの世を、自在に行ったり来たりができてしまう、存在しない人たちを見事に描く稀有な映画監督なんだなと思いました。残念なことに佐藤監督は49歳の若さで自死してしまうのですが、もっともっと映画を作って欲しかった。でも自死してしまうようなナイーブな人だからこそ、こんなに繊細な素敵な映画が撮れたのかもとも思います。

 

「暮らしの思想 佐藤真 Retrospective」HPより引用

「暮らしの思想 佐藤真 Retrospective」HPより引用

 

『花子』の主人公は、

       姿の見えない姉「桃子」

 これは障害を抱えながら絵を描く女性アーティスト花子さんと、それを支える家族を描いた作品です。絵を描いたりデイサービスに出掛けたり食事をとったりする様子を撮影していますが、花子さんは結構わがままで気に入らないと大暴れ。それでもお母さんもお父さんも決して怒らず暖かく受け止めていく。花子さんは1時間くらいで落ち着きますが、私なら絶対にキレたりするだろうな。でもご両親は絶対に怒ったりしません。

 正直に言うと私が一番気になったのは、花子さんやご両親ではなく、お姉さんの「桃子さん」でした。桃子さんは部屋から出て来ないので気配を感じるだけです。一部コメントが出てきますが、姿は一度も見せないのです。花子さんが大暴れしている時、2階の部屋で桃子さんは何を感じて何を考えているのだろうか。そんなことがずっと気になっていました。ご両親は花子さんにかかりきりで、もしかすると桃子さんはとても寂しい思いをしたと思うんです。

 実は私には7歳年下の妹がいます。一時重い鬱となり病院通いもしています。ひどい時には家族に暴言を吐いたりして両親は持て余しつつ必死で妹を支えていました。幸い妹は現在は結婚もして落ち着いて暮らしていますが、当時の私は、妹の様子にヒヤヒヤしながら、この先どうなっちゃうんだろうと絶えず不安を抱えていました。両親亡き後はどう付き合っていけばいいのか?そんなこともよく考えました。そんな私にとってこの映画の主人公は「花子さん」ではなく、姿を見せない「桃子さん」だったのでした。

「暮らしの思想 佐藤真 Retrospective」HPより引用

 

 

亡きパレスチナの知識人を描いた

「エドワード・サイード

        OUT OF PLACE

 パレスチナ生まれでエジプトで育ち、アメリカで比較文学を研究し、パレスチナ問題について発信し続け、オスロ合意に反対してPLOのアラファトと袂を分かったエドワードサイードの足跡をたどったドキュメンタリー映画です。レバノンにあるお墓と別荘、幼少期を過ごしたエジプトの家や実業家のサイードの父親を追い、奥さんや家族、知人たちのインタビューを重ねていきます。今は亡きサイード本人は出てきませんが、サイードの人柄やその姿が、生きているかのようにリアルに浮かび上がってきます。パレスチナ問題で揺れ動く今の私たちへの温かいメッセージのような素敵な映画でした。

 

*以上がBUNKAMURAで観た佐藤真監督の4作品の簡単な感想です。横浜のシネマリンでも「佐藤真 Retrospective」が始まりますので、ぜひお越しください。私ももう一度見たくなりました。

 

「暮らしの思想 佐藤真 Retrospective」HPより引用

 

見えない恐ろしさを描く音響効果

            「関心領域」

 次は「関心領域」という映画。これはアウシュビッツ強制収容所隣に建てられた収容所所長ヘスと、その家族の日常生活を描いた映画です。ヘスの転属とともに引っ越してきた妻。庭に美しい花壇を作り、ピクニックやプールを楽しみ、豊かで幸せな生活を送るのです。収容所からユダヤ人女性が身につけていた毛皮のコートや宝石を当然のように受け取り目を輝かせます。隣の収容所からはユダヤ人を焼却する煙や匂いが流れ、銃殺の音が聞こえてきます。でも彼女たちは気にしていない。していないように見える。悲惨な状況の隣にいながら全く無関心でいられる、この様子はとても恐ろしくゾッとさせられます。これは私自身かもしれない、と思わせる怖さです。この映画のすごいのは卓越した音響設計です。音響から見えない恐ろしさがリアルに伝わってきます。音だけで見えない恐ろしさを浮かび上がらせるのです。この映画は一度は見ることをお勧め。2度は見なくてもいいかもしれませんが。

 

関心領域HPより引用

 

れから見る予定の映画たち

 これから楽しみにしている映画の1つめは「ホールド・オーバーズ 置いてけぼりのホリディ」です。アメリカではクリスマスは家族揃って楽しむもので、学校の寄宿生たちも一斉に故郷に帰ります。そんな中、帰るあてがなく寄宿舎にとどまっている生徒と、厳しい老教師、寮母の物語です。これだけ揃えば何か起きそうです。もう一つは伊勢真一監督の「大好き!」。伊勢監督は、お姉さん西村信子さんのてんかんを持つ長女、奈緒ちゃんが8歳の時から映画を撮り始めました。医師から長生きはできないと告げられた奈緒ちゃんも元気な50歳。その集大成として作った映画です。これから公開されるのですが、伊勢さんの映画が大好きな私にとって、とても楽しみです。

 

(c)いせフィルム

T.eng氏の感想
 映画で映っていない人物を『描き切る』のは相当難しいですが、やってのけた監督の手腕は脱帽ですね!こうなると映画音楽の授業、やった方がいいかですかね???
校長の感想
 映画大好きな雨宮さんに最近観た映画について雑談していただく新シリーズ「映画大好き!」が始まりました。面白かったあ!今回、雨宮さんが取り上げた作品の共通点は、いずれも亡くなった人や姿が見えない人でしたが、「いない人を想像すること」こそ、とても大切なことのように感じました。ありがとうございました。
雨宮さんの感想
 先日は楽しい時間をありがとうございました。『阿賀に生きる』はあれからもう一度、観に行きました。二度目はまた違った印象を持ちました。
 T.engさんからの感想とPCについての親切なアドバイスもありがとうございます!すごく嬉しいです!T.engさんの映画音楽についての講義、ぜひ聴講したいです❣️それでは今後ともよろしくお願いいたします❣️