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☆NEW 最新!! 942 多田図尋常小学校の人々「決めすぎないこと多様な人がいることが大切」


●1限目 社会

「電子工学科から
    保育園園長へ
   〜今を生きる子どもを応援したい〜
       佐越直人さん
 (尻手すきっぷ保育園園長
    /ボードゲームとコーヒーが好き)
  9/1に二人の男性保育士の方々に保育についてお話を伺いましたが、40分の話の中にはまだまだ掘り下げることができそうな話題が隠れていると感じました。そこで「保育についてもっと話せる気がします」と感想を頂いた佐越直人さんに改めて保育について語っていただくことになりました。佐越さんは大学では電子工学を専攻されて、現在、保育園の園長をされていますが、そこに至るまでの経緯や保育についてお話をいただき、参加者の方とともに、子どもたちにとって大切なことを探っていきたいと思っています。


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人と関わる仕事をしたい 
 正直に言うと私は元々子どもが好きで保育の世界に入ったわけではありません。大学は電子工学科でしたが、これを選んだのも自分の勘違いで、自分が本当に何が好きか、何をしたいかがよくわかっていなかったのです。つまり自分自身を理解ができていなかったのですね。それでも大学の4年間で「本当にやりたいことは電子工学ではない。人との関わりを通じて自分が成長することを体験したい」のだとわかってきました。そこで就職は機械を扱うメーカー技術者ではなく、人と関わるリフォーム会社の営業職に入りました。でも、そこは思いのほかハードで、毎朝、自分の目標を宣言してから、住宅を一軒一軒戸別訪問する。つまり一日、飛び込み営業をして回るのです。営業の成果が上がれば評価も上がりますが、契約が取れなかった私にとって、自分の成長感は全くありませんでした。そこは6ヶ月で退社します。退社した時には自由を感じました。自分には他に無限の選択肢があるのだと。

 

自分が本当にやりたいのは保育 
 会社をやめて、改めて自分が本当にやりたいことを考えました。自分の生き方を考えるうちに、より人間らしい、例えば火起こしとか、子どもと関わる子育てとか、そんな生活に繋がったことが大事かなと思ったのです。その生活そのものにつながる仕事が、保育だったのです。半年バイトしてお金を貯め、翌年の4月に保育専門学校に入りました。父は「保育士なんて給料も低いし男の仕事ではない」と反対していましたが、私の決心が固いと知ると諦めたようです。当時はまだ男の保育士は一般的ではなかったのですが、私は男子生徒が4割以上いる日本音楽学校を見つけて、そこに入学しました。学校は新鮮でしたね。授業は保育だけでなく教育全般、日本史、表現などもあり、楽しい2年間でした。また私と同じく会社を中途退社して入ってきた生徒も数人いて、彼らと保育のことだけでなく、好きな音楽や映画の話などを熱く語っていました。ちなみに私の好きな音楽はゲーム音楽から入ってアイリッシュ・ミュージックです。大学ではマンドリンクラブで活動していたので、保育のピアノではほとんど苦労しませんでした。在学中の休みには友達と全国の保育所20−30箇所を巡っては、いろいろな方から話を聞くことができました。でも、そのため自分の中で保育所の理想ハードルを高くしすぎて、普通の保育所に行く気がなくなってしまいました。そこで迷っていた私は母親から一喝されます。「いつまでもゴロゴロしてるんじゃないわよっ!!働きなさい!!」

 

「森」と「樹」の
      文字にひかれて 
 仕方なく学校に置いてある就職先一覧表をパラパラめくった時に、目に入ってきたのは横浜、森、樹の言葉。自然が好きで、おひさま、自然と言う言葉に弱い私は即決しました。それが大倉山にある「森の樹保育園」でした。この保育園はかなりとんがった保育方針を掲げており、園長は、都会の中でも自然を大切にしながら、「子どもたちに何が大切か」を常に考えていました。我々大人が無意識に子どもに自分の都合を押し付けてしまうことがあります。とは言え、保育の現場を知らないで入った私は1−2年は必死でした。保育士というより、ただ子どもと一緒に遊んでいただけだったかもしれません。保護者、園のスタッフなど周りからのたくさんの要求をこなすことでいっぱいでした。
でも0歳児と付き合う中で、彼らが大人以上に自分の意思を持っていることに気づかされました。そこから良かれと思って大人がやったことに反発する理由を考えたり、今、何が大事なのかと考えたりするようになりました。また同僚が悩んだり苦しんだりする原因や、さらにやめてしまった同僚に対しても、いろいろ考えたりもしました。周囲に起きる様々な出来事に、自分の心が動くようになってきたのです。それが入所3年から6年の間に起きた変化で、そのころには子どもたちともだいぶ噛み合うようになってきました。

 

より広い世界へ行きたい 
 その頃から、子どもや保育への自分の思いを言語化したいと考えて勉強を始めました。具体的には早期発達支援学会という、保育だけでなく医療、教育、子どもと関わる現場で活動している人たちの学会に入会したのです。
 そして保育園の9年目に入ったときに、思い切って他の保育園に転職しました。理由はより広い世界に出たくなったことと、もっとキャリアを積みたい(出世したい?)などと思ったのです。新しい保育園はいわゆる企業保育所です。その会社は多くの保育所を経営しており、主任や園長になるチャンスがあると思いました。森の樹保育園にはかなりしっかりした保育方針があったのですが、その企業保育所はそこまできちんと方針はありませんでした。やりたいことをはっきり言語化して説明できれば、なんでもありというそんな雰囲気もありました。経営的には児童数や保育者数から予算まで、きちんと管理されていましたが、反面、子どもより大人の都合が優先されてしまうことも多々ありました。それでも大切にしたい部分を仲間と相談しながら保育をすることができました。ちょうど2年目の時に、前の保育所の先輩から新しく保育所を立ち上げるので手伝ってくれないかと声をかけられ、それを受けることにしました。

 

新しい保育所を立ち上げる
 先輩と新しい保育所の理念や方向性、経営方針を議論したり、加えて申請書類の作成や物品の手配など、具体的な実務なども必死でやりました。保育所の立ち上げは大変でしたが、とても面白く、その中で自分が本当にやりたい保育の姿がはっきりしていきました。それは「大人の想いを押し付けず子どものありのままを受け入れよう」。残念ながら教育や保育の現場では、子どもの意思より大人の都合が優先してしまいがちです。まあ保育スタッフもそれぞれがいろいろと抱えている部分はありますが。そして先輩と新しい保育園を立ち上げて5年たち、だいぶ落ち着いてきました。そんな時に、今度は尻手駅の近くに開園する、尻手すきっぷ保育園の園長をやってくれないかと声がかかりました。その企業の保育方針を見ると、子ども第一主義というか、私の考えていた保育のあり方と、ほぼ重なっていました。ここなら私の思いと経験が活かせる思い引き受けることにしました。川崎と横浜の境界に近い都市部の保育園なので、豊かな自然や広い園庭はありません。でも若い保育士たちと一緒に、試行錯誤しながら、できることを一つ一つ取り組んで現在に至ります。子どもたちを応援するための仕掛けを温めています。気がつくと2年がたち今に至っています。ありがとうございました。

 

校長の質問
①佐越さんが大切にしていることは?     
 私の20数年の保育体験から大切にしていることが2つあります。一つは「事前にあまり決めすぎないこと」。これはあまりがっちり予定を決めてしまうと、子どもの予想外の変化に対応することが難しい。もちろん保育者は方向性や着地点をしっかり意識すべきですが、具体的なことは、なるべくゆるく設定した方が、目の前に起きていることに自由に対応できます。二つ目は「保育の場にはいろいろな人がいる方がいい」。これは現場に視点、経歴、パーソナリティなどが異なる多様な人たちがいると、同じ事実が起きた時に、全く異なる解釈が生まれて、お互いの視点が大きく広がっていきます。そのことが固定観念に縛られずに物を捉えることにつながるわけです。
 
② 保育で苦しいことは?
 保育をやっていて苦しいところですか?それは保育と言うのが成果が見えづらいことですね。こうしたら必ずこうなるとは限らないし。子どもの変化はとても小さなことの積み重ねですから、今日対応しても大きな変化として現れるのはいつなのかが予想できません。だからこそ子どもの力を信じて待つしかないのだとも思います。
 また私自身は自己肯定感が高いほうと思いますが、上記の理由や目上の方の評価が気になり強いストレスを受ける方はたくさんいます。
 さらに狭い空間に10人から20人の子どもがいること自体、ある意味、ハードな状況です。確かに都市部の保育園は自然の中を走り回ることはできませんが、ちょっとした工夫で、自然を感じることもできるし、運動もいろいろできるはずだと考えながら日々奮闘しています。
③保育でよかったことは?
 私の好きな保育は、子どもたちの興味がどのように変わっていくかということに関心があります。これは子どもだけでなく、大人にも言えることですが。1日が終わって、その日にその子が見つけたことや、毎日できていることを振り返るのも楽しいです。
④佐越さんの趣味のボードゲームとは
 日本ではまだ一部の遊びと捉えられていますが、ボードゲームが文化に根付いているのはヨーロッパです。子どもから大人まで一緒に楽しむことができる遊びの一つです。家族のコミュニケーションツールにもなっています。私もボードゲームの面白さにハマり、現在でも100以上持っています。

 

雨宮真由美さんの質問
①早期発達支援学会とは?
私の所属する早期発達支援学会は、保育や教育、医療、療育に関わっている人たちの団体です。論文や活動などの研究発表もしますが、学会員それぞれの活動状況や情報を共有することが大きな柱になっています。子どもにとって一番大切なことについて学び合うのです。それが私にとって大きな勉強になります。まあ一種のコミュニティみたいなものですね。
②保育園と幼稚園との違いは?
保育園と幼稚園の違いですか。幼稚園は文科省、保育園は厚労省の管轄です。カリキュラムや方針は共通の方向性をもちながらも園によって細かい部分やアプローチ方法は異なります。幼稚園は教育を行う場ですが、保育園は養護を踏まえて教育を行っています。異なる部分は多いのですが、共通点も多いです。
③どなたが保育園の方針の決定を?
もちろん最終的な責任は園長の私がとりますが、私一人で独裁的に決めていくことはありません。何か懸案事項があれば、私が職員に様々な提案をしてからスタッフの意見を聞き議論した上で方向を決めるようにしています。

 

T.eng氏の感想
 幼稚園や保育園では、どうしても大人の押し付けが多いと思います。それも一方的な思いこみから。思いこみに縛られていると、新しい発想がしにくいし、それを変えることも難しいでしょう。大人はどうしても自分の経験に囚われてしまい子どもの目線から捉えることもできません。大人が子どもたちを無意識に「型」にはめがちなのは物理的な環境もあるのでしょうか???
佐越さん:保育にとって場所と空間は大事です。自然の少ない都市部にある狭い保育園ならば、それを逆手にとって街全体が保育園と捉えたいのです。街も子どもが遊びやすい空気があるといいですね。
T.eng氏:視野を広げるには、例えば昼ごはんも弁当でなく、なるべく街の食堂で食べるのがおすすめします。とにかく娑婆の空気を吸うことが大切です。

 

雨宮真由美さんの感想
 私は昔、保育園に通っていた経験だけで、現在の保育園の状況を知らないのですが、佐越さんのお話はとても面白かったです。ありがとうございました。
 
校長の感想
 前の授業の感想で「保育についてもっとお話しができる」とお話しされていた佐越さんから、今回は、たっぷりお話を伺うことができたと思います。けれど佐越さんはボードゲームにハマって現在100個以上持っているとのこと。次回はボードゲームの面白さについて聞きたいと思いました。

 

 

佐越直人さんの感想
 一つのことを追求するのもいいですが、世界はもっともっと広いものだと思います。大人も子どももそこから自分を振り返ることができます。今回の授業で私自身も改めて振り返ることができ、さらに視点を広げられたと思います。ありがとうございました。
 紹介コメントで「今を生きる子どもたちを応援したい」と言ったのは、大人が「昔はもっと子どもたちがのびのび遊びまわってよかった」と言うのは避けたいのです。ある意味とても失礼とも言えます。それより今現在を生きている若い子たちの感覚を大切にしたいのです。