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946 多田図尋常小学校の人々「次回はサラサーテとブッシュをお届けします」


●2限目(10:10~10:50)音楽
「Coffee Break Music In Tadaz」 
 本日のバリスタの気まぐれブレンド
「戦前の伝説的ヴァイオリン 
                                      その1」
   T.eng氏(音響エンジニア) 

 これまで数多くのヴァイオリニストを取り上げてきましたが、いずれも戦後世代が中心となっておりました。とはいえヴァイオリンの歴史は長いのでそれ以前にもレジェンドはたくさんいます。
というわけで今回は戦前のレジェンドの中から現代ヴァイオリニスト奏法の原点の一人、ウジェーヌ・イザイとカザルス・トリオの一人にして「フランスのエスプリ」をヴァイオリンで体現したジャック・ティボーの二人にフォーカスを充ててお届けいたします。

正確な演奏と豊かな表現力が

   現代ヴァイオリンの基準となる

  ウジェーヌ・イザイは1858年にベルギーのリエージュに生まれ、5歳から父親からヴァイオリンを習い始め、早くからそのレベルの高い演奏で注目されコンクールで2位となりました。12歳のイザイの才能を見抜いた アンリ・ヴュータンに招かれて リエージュ音楽院で、ビュータンと弟子のヘンリク・ヴィエニャフスキーから、ドイツ派とは異なり、 伸びやかな音で演奏する 「フランコ・ベルギー楽派」の演奏を徹底的に学びます。
 卒業後はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の前身のベンヤミン・ビルゼ楽団でコンサートマスターをしながら、ソロ活動も行い、クララ・シューマンやフランツ・リストなどとも交流します。1885年のコンセール・コロンヌとの共演が大成功となり、ヨーロッパ、ロシア、アメリカなど世界中に名声を轟かせ、さらにはセザール・フランクやカミーユ・サン=サーンスなどの著名な作曲家から次々と初演を依頼されるほどになりました。1886年には自らイザイ弦楽四重奏団を作って、ドビュッシー「弦楽四重奏曲」も初演します。さらに指揮者としても活躍し、1918年にはアメリカのシンシナティ交響楽団の音楽監督になります。その後、重い糖尿病にかかって足を切断し、1931年に72歳で死去します。1937年には「イザイ国際コンクール」が開かれ、後にエリザベート王妃国際音楽コンクールとなります。

 1912年に録音したイザイの演奏は、まだレコードの技術が進んでおらず、やや音が聞きづらいところもありますが、それでもイザイの偉大さは十分伝わってきます。 世界にクラシックが普及し多くのアジア系の優れた演奏家もいる現代では楽譜至上主義というか、楽譜に忠実に演奏することが大前提ですが、まだ クラシックがローカルな 戦前では、演奏はまったりとして、イザイもフランコ・ベルギー流のエスプリを効かせて 柔らかな演奏でヴァイオリンを自由に歌わせて います。

  チェロのパブロ・カザルスは「イザイほど正確な演奏ができるヴァイオリニストを聞いたことがない」、カール・フレッシュも「彼は『ヴァイオリンの騎士』、最後の大ヴィルトゥオーゾ、我々の芸術における忘れ難い記念碑として記憶に残り続けるだろう」と絶賛しています。 その正確な技術と豊かな表現はまさに現代ヴァイオリン演奏法の基準となっています。

極めて上品で優雅に

  フランスのエスプリを見事に体現

 

  ジャック・ティボーは、 1880年に音楽教師の息子としてフランスのボルドーで生まれ、8歳でリサイタルを開き、13歳でパリ音楽院に入学してマルタン・マルシックに指導を受けます。16歳で首席で卒業後、パリのカフェでヴァイオリンを演奏していたティボーは、指揮者のエドゥワール・コロンヌが見出されコロンヌ管弦楽団に招かれ大成功を収めます。同時に ソリストとしても活動 します。1905年にピアノのアルフレッド・コルトー、チェロのパブロ・カザルスとの 運命の出会いを果たし、 カザルス三重奏団を結成し、1906年に公開演奏会を開き、 30年間、世界的に活躍します。1923年と1936年の、2回来日して、録音やラジオ放送も行いました。第二次世界大戦中には、ナチスに占領されヴィジー政権下のフランスに滞在し続けましたが、ドイツでの演奏依頼を全て断わり続けました。1943年にピアニストのマルグリット・ロンと若手演奏家のために第1回ロン=ティボー国際コンクールを始め、現在も若手演奏家の登竜門になっています。1953年の3度目の来日のため搭乗 していたエールフランス機がアルプス山脈に墜落し全員死亡となり、72歳で死去しました。また愛用の 1720年製ストラディバリウスも同時に失われました。

 ティボーはクライスラーと並ぶ超一流のヴァイオリニストで、まさにフランコ・ベルギー派の代表的演奏家です。音に色をつけたり、わざと外したり、音を微妙に伸ばしたりする場合にも、極めて上品で優雅で、フランスのエスプリを見事に体現しています。カザルスのように、音楽で最高の言語能力を有しており、歌うように演奏します。譜面が共通言語となっている現代で、同じことをすると音程のずれを指摘されかねないし、このような表現は難しくなっています。それゆえ彼の演奏は2度とマネのできない、まさに金字塔といえるでしょう。